修行者の日記/不動心・不動体を求めて
かわやん
学生時代に始めた合気道。いつのまにかハマってしまい、気付いたら15年が過ぎてた。
ひびの稽古に励みつつ、第二の人生で道場を開くことを夢見るサラリーマン。現在、合気道四段
リニューアルされてから、初めての投稿です。変わらず、稚拙な文章ですがお許し下さい。
ここ数年、身体操作(ボディワーク)に興味があり、ネットで調べたり、本を読んだり、実際にワークショップに参加してみたり。先日は、骨盤に関するワークショップに参加。別に、最近流行の腰回しではなく(笑)、骨盤おこしをテーマにしたもの。
うちの合氣道では、仙骨を立てなさいと教わる。始めた当初から、何だ仙骨って?と思いながらも、見よう見まねで正しい姿勢をやっていた。医学的知識もないので、尾てい骨の上くらいの意識でずっと稽古をしていた。確かに、仙骨を立てたときと寝かせたときでは姿勢が変わり、寝かせると思うように動けないことはわかっていた。
しかし、もともと柔軟性があまりなく股関節が硬い自分としては、どうも「仙骨を立てる」意識だけではうまくいかない。そこで、腰をもっと開発しなければいけないのではないかと思い、試行錯誤し始めたのが、3、4年ほど前か。
いろいろな方の動きや話を伺っているうちに、以前よりも腰を楽に動かせるようになっていった。別に、クネクネ動かすという意味ではなくて、腰の中の意識ができるようになった。普通にできる人にとってはどうってことのない変化も、私にとっては大きな進歩だった。
その後、合氣道の技だけではなく、そういった身体の中の変化を探しながら稽古をすることが多くなり、少しずつ股関節の使い方で下半身の動きが変わることを感じ始める。
そんな折り、たまたま見つけた骨盤おこしのお知らせ。これはと思って参加。今まで、骨盤と股関節の関係をあまり意識していなかったが、その関係性や足の使い方など学ぶものが多く、まだここに書けるだけ身には付いていないが、一ヶ月程度で座り方や歩き方は明らかに変わってきた。
正しい変化かどうかはわかりませんが(笑)
先生からは、下駄を美しく履けるように、ちゃんと訓練するように言われている。下駄までたどり着くのは、もう少し先かな(^^;
久しぶりの投稿です。とはいえ、以前とそんなに進歩があるわけではありませんが、先日うれしかったことがあったので書きたくなりました(笑)
いつもと変わらぬ、日曜午前中の稽古。組んだ相手は合氣道暦3年は超えているであろう、女性。最近、次の初段を目指して少しずつ稽古を積み重ねていると聞く。でも、普通に仕事してるし最近結婚もしてしまったので、なかなかまとまった時間が取れないようだ。
そんな彼女と組んだのは久しぶりか。簡単な静的な稽古から、片手取り両手持ちの技に移っていった。私の得意分野だ(笑)白帯さんと組むと自分が教えることが多いが、ポイントを伝えながらも自分で自分にいい聞かせながら動きを再認識していることも少なくない。
相手が自分の手首を両手でつかみに来るわけだが、その動きにとらわれずに、いかに自分のリズムで相手の動きを取り込み、技に持っていけるかがポイントである。できる限り平易な表現で動きを説明し、あとは練る。変な動きを感じたら、それを相手に伝えて修正してもらう。自分の動きの悪いところは自分がよくわかっているので、それは自分で修正する。
そんなことをやっていると、あっという間に一時間の稽古は終わってしまう。稽古後、「今日はありがとうございました。とても楽しかったし、わかりやすかったです。」と感謝して頂く。例えそれがお世辞であろうとも、うれしい。「最近、脱力の極意って本を読んで、伸筋とか屈筋とか書いてあったのですが、今日の技の動きと同じですか?」
まさか、その人から「脱力の極意」とか、「伸筋」や「屈筋」とかいう単語が出てくるとは思っていなかったので、驚いた(笑)簡単に、技の背景やウチの流派の動きにおける、解釈の仕方を伝えると、納得して頂けた。確かに、私も一時期いろいろ研究したっけ。
以前、心の法則と身体の法則の両方をちゃんと知らないと、正しい動きはできないぞと言われたことがある。技の稽古も大事だし、心の鍛錬も必要だ。しかし、身体の使い方も知っていないと、本来の自分の持っている力を最大限に表現できない。最近それを強く思い、身体の使い方を意識しながら稽古している。おかげで、周りからは「いつも稽古後に怪しい動きをしている奴」と思われているらしい(笑)
ま、氣にはしてませんが(^^;


